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BaseBallMyStarにようこそ!こちらは主に日本プロ野球のドラフト候補について様々な情報を元に選手寸評・指名予想をするブログです!ご意見やご感想等お待ちしております(*`・ω・)ゞ
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 長い時間をかけてやっと気に入ったテンプレートが見つかりました!。゜+.(・∀・)゜+.゜
2008年ドラフト終了!
 現在12球団戦力分析を作成中です。
 更新スピードダウン↓中ですが頑張って更新しますので、2009年も宜しくお願いします。
当ブログもFC2に移行してから四半期が過ぎました。
ドラフトのことは分からないけれど、この選手が気になる!という方もいらっしゃると思います。
なので、ここにドラフト用語をまとめていきたいと思います。
自分が忘れないようにというメモの意味も込めて( ;A´・ω・`)

一場事件(いちばじけん)
 2004年、ドラフトの大目玉として注目された当時・明治大学所属の一場靖弘。
彼を獲得するために複数球団が金銭を授与していた事件を俗に一場事件と呼ぶ。
2004年8月13日に一場靖弘に対して巨人が球団で交通費・食費などの名義で2003年12月から2004年7月までに200万円以上渡していたことが明らかになった。
噂の範疇であった「裏金」の存在を決定付ける事件として、野球界だけでもなく社会的にも大きな問題に発展。
巨人が4人と幹部と渡辺オーナー、堀川会長が辞任。
これで事件は終結し、再び獲得合戦になるかと思った矢先、横浜・阪神も金銭を渡していたことが判明。
横浜は40万円、阪神が25万円と報じられたが、問題は金額ではなかった。
両球団とも巨人の問題が起きたときに「渡している事実はない」と虚偽の報告を行っていたのである。
これによりどっぷりと裏金体制に浸かったプロ野球界が社会に暴露されることとなってしまったのだ。
これを受けて、プロ野球の信頼回復のために野球界再編が強く唱えられた。
そして2005年6月20日、プロ野球実行委員会は裏金廃止を組み込んだ倫理宣言を発表した。
この宣言はドラフトとして一つの区切りとして見られ、裏金が判明したときに倫理宣言後のものであると相当な罰則が予測される。
<実例>
 日本大学から横浜入りした那須野巧に対して契約金の上限である1億+出来高5000万を上回る5億3000万円を球団が支払っていたことが判明。
この事件も大きく報じられたものの、球団に架された罰は厳重注意のみ。
あくまで契約金の上限が「申し合わせ」で厳粛なルール化していなかったことと、行われたのが倫理行動宣言前だったことが考慮されたものと思われる。
対して、西武がアマ2選手に合計1300万円前後を渡していたことが明らかになった2007年。
球団創立以来、アマ関係者170人に一人当たり10万円から1000万円の謝礼金を渡していたことも判明。
その他、倫理行動宣言前にアマ選手5人に総額6160万円、94年~05年に入団した選手15人に対して総額11億9000万の超過金額を契約金として渡していたことも明らかになった。
これに対し、西武は07年のドラフト指名において、高校生の上位指名を二つ剥奪、制裁金として3000万円を徴収される罰を受けることとなった。
横浜の場合と大きく違うのは、倫理宣言後にも金銭を渡し続けていたこと。
 横浜に関しては皆無に等しい処分で、西武に関しても大学・社会人ドラフトは他球団と同じように指名できるなど首を捻ってしまう制裁。
超過金額で億単位を金銭を出せる組織に3000万円の制裁というのが適当であるのかも疑問点。
あらゆる点で、現在のプロ野球の体制を社会に知られることとなった。

一本釣り(いっぽんづり)
 競合選手が複数居るときに、他球団の目を掻い潜って逸材を競合なしで手に入れることを一本釣りと呼びます。
事前の情報戦が鍵を握り、ドラフトファンを盛り上げる要素でもあります。
競合のクジ外しによるリスクがなくなるため、見極めが重要になるところでしょう。
<実例>
 2006年ドラフト、田中・増渕・大嶺・堂上が競合する中、広島はPL学園の前田健太を一本釣りした。
当時は田中・増渕・大嶺・堂上・前田の五人がドラフトの目玉とされており、広島の単独指名は大きく評価された。

ウェーバー順(うぇーばーじゅん)
 ドラフト指名の際、指名する順番が下位から指名する方式をウェーバー式と言います。
セ・パは交互に指名しますが、リーグの優先権はオールスターで勝ち越したリーグが得ることが出来ます。
基本的に1~12まで指名が終わったら、次は12~1という風に折り返します。
最近では一巡目は順番関係なしに同時指名、重複があった場合くじ引きとなり、それ以降にウェーバーとなる制度が採用されています。
<用例>
条件:オールスター勝利セ、昨年の最終順位を基準とした場合を想定。
一巡:横浜→楽天→広島→大阪→巨人→千葉→東京→福岡→阪神→西武→中日→北海
------------------------------------
二巡:横浜←楽天←広島←大阪←巨人←千葉←東京←福岡←阪神←西武←中日←北海
---
三巡:横浜→楽天→広島→大阪→巨人→千葉→東京→福岡→阪神→西武→中日→北海

裏金(うらがね)
 指名前の選手などに対して金銭のやり取りを行う行為を主に裏金と呼ぶ。
規定に反する違反行為であり、人の目に付かない裏で行われていることからこの名称になったと思われる。
近年では東京ガスの木村雄太、早稲田大学の清水勝仁、明治大学の一場靖弘などがこれを受け取った。

江川事件(えがわじけん)
 1978年のドラフト会議前日に当時・法政大学の江川卓と巨人が契約を結んだ事件、またはそれに関する一連の騒動。
空白の一日とも呼ばれる。
 1977年、巨人入りを目指していた江川はクラウンライターの指名を受けてこれを拒否。
78年、通常は大学から社会人野球に進むと最低2年間はプロ入り出来ないため、アメリカに野球留学という形をとった。
同年10月12日にクラウンライターから西武に球団が譲渡され、江川に再び交渉を試みるも合意に至らず。
同年11月20日にライオンズは江川との交渉権を失った。
これにより江川は二日後に行われるドラフトで再び指名を待つこととなった。
同日、江川は緊急帰国、その翌日に巨人と江川が契約を締結した。
「ドラフト会議の前日は自由の身分で、ドラフト外の選手として入団可能」という解釈の元にあった行動だと球団は説明。
当時の野球協約では、ドラフト会議で交渉権を得た球団がその選手と交渉できるのは、翌年のドラフト会議の前々日までとされていた。
この規定は前日まで交渉を続けた場合には球団関係者がドラフト会議に出席できず、ドラフト会議に支障をきたす恐れがあるため、ドラフト会議の準備期間として設けたものであった。
また、当時のドラフト対象学生は「日本の中学・高校・大学に在学している者」であり、当時の江川は社会人野球にも行かなかったため、野球協約上は「ドラフト対象外」であった。
日本野球機構はドラフト対象の範囲を広げるために、1978年7月31日の改正によってドラフト対象選手を「日本の中学・高校・大学に在学した経験のある者」へ改正した。
しかし、この新協約は「次回ドラフト会議当日から発効する」ことになっていた。
以上のことから、ドラフト会議の前日の11月21日には西武の交渉権が消滅しており、「日本の中学・高校・大学に在学した経験のある者」をドラフト対象とするのはドラフト会議が行われる11月22日以後であると巨人は解釈し、11月21日時点でドラフト対象外選手である江川と自由に契約できると主張して入団契約を行ったものである。
ドラフト対象選手を在学生選手と社会人野球選手に限定すると解釈できる文言になっていたことは野球協約の抜け穴であったが、これを認めればドラフト自体の意味がなくなるため、コミッショナーの金子鋭は巨人との契約を無効とする裁定を下した。
これに対し巨人が反発、その抗議として翌22日のドラフト会議をボイコットすることになる。
他球団は江川を指名する意思は無かったとされるが、巨人の抜け駆け契約に抗議する形で江川を指名する球団が現れた。
結果4球団が1位指名し、この年から採用された重複指名による抽選方式によって阪神が交渉権を獲得。
これに対し、巨人側はあくまで江川との契約の正当性を主張。
「巨人が欠席したドラフト会議は無効であり、阪神に江川交渉権獲得はない」と提訴した。
しかし12月21日、「ドラフト会議欠席は巨人側が勝手に行ったこと」とし、ドラフト会議の結果はそのまま有効に。
その上で「江川と巨人による入団契約は認めない」ことと「阪神の江川に対する交渉権獲得を認める」ことを正式に決定した。
 金子は巨人の訴えを退ける一方で、「江川には一度阪神と入団契約を交わしてもらい、その後すぐに巨人にトレードさせる」という構想を提示した。これは「江川の巨人入り」という巨人の当初の目的を達成させることによって、問題の解決を図ろうとするものであった。
この構想に対し、阪神は最初は反対していたが、最終的にこの構想を受け入れることにした。
これにより、1979年1月31日、江川は一度阪神と入団契約を交わし、その後すぐに巨人投手・小林繁との交換トレードに出され、念願の巨人入りを果たした。
この解決策は特例であり、慣例および前例とはしないことになった。
なお、野球協約を遵守するため、小林が直ちに阪神に移籍したのに対し、江川の巨人移籍は正式には開幕前日となっていたため、江川はキャンプやオープン戦に参加できなかった。
この一件で江川は公式戦開幕から2ヶ月間の出場禁止処分を受けた。
 ドラフト制度によって選手は自分の球団を選べず、憲法が定める「職業選択の自由」に反するのではないかという議論が巨人の親会社である読売新聞を中心に起こり、国会でも議題にのぼった。
そして、選手が球団を選べる裁量を大きくするために、日本野球機構は逆指名制度(現希望入団枠制度)の導入や10年選手制度(現FA制度)の改革のきっかけになった。
(参考元・Wikipedia)

随時更新致します。


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